グリーン物流とCO₂排出対策|EU Green Deal対応と輸送現場の変化
EUが物流に課す”新しい基準”とは?
EUは「2050年までにカーボンニュートラルを達成する」という目標を法制化し、2019年以降「グリーンディール政策(European Green Deal)」などの環境対策をしています。
この政策は製造やエネルギーだけでなく、物流や貿易の現場にも大きな影響を与えています。
物流分野が占めるCO₂排出の割合
EU全体のCO₂排出量のうち、物流分野はおよそ25%を占めます。そのため、陸・海・空の各輸送モードが温室効果ガス削減の最前線とされ、制度的な圧力が年々強まっています。

日本からEUに貨物を送る企業も、通関や輸送のプロセスを通じて、間接的にEUの環境基準に適応する責任が生じています。
海運・航空業界への具体的な影響
海運業界では排出権取引制度(EU ETS)が2024年から対象拡大され、航空業界は国際制度CORSIAへの準拠を求められています。
こうした動きは、フォワーダーや荷主が「環境を無視した輸送」を選べない時代の到来を意味します。
よくある誤解:ルールは欧州統一だが、国ごとに実務が違う
環境政策はEU内で統一されていますが、運用レベルでは国ごとにばらつきがあります。
ドイツやオランダでは電子化とCO₂算定が制度化されている一方、南欧諸国では紙書類や手入力管理が残る地域もあります。その結果、同じEU域内でも「CO₂排出の算定基準」や「報告様式」が異なり整合性を保つことが難しい場合もあります。
排出取引制度の拡大による実質的なコスト増
さらに、排出取引制度(ETS)が海運・航空に拡大したことで、炭素価格が実質的に「輸送コスト」に加算される構造が発生しています。
ドイツ・フランスではすでに炭素課金制度が導入されており、トラック輸送や燃料費が上昇しています。
日本企業が直面する基準のギャップ
日本企業にとって問題なのは、CO₂算定方法の基準が欧州と異なることです。
日本の多くの企業はScope1・2中心の管理ですが、EUではScope3(サプライチェーン全体)の開示が求められ、輸送時の排出量も報告対象です。

このギャップが放置されると、EUの取引先との契約上のリスクや、入札時の不利につながります。
EU基準に対応するグリーン物流の3本柱
ここからは、具体的な対応策を3つの柱に分けて解説します。
1.モーダルシフト(鉄道・海上)でCO₂削減
EUでは、トラック輸送から鉄道・バージ(内陸水路)への転換が進んでいます。
鉄道輸送は航空輸送に比べてCO₂排出を約90%削減でき、長距離区間では実務的な代替手段として定着しています。
ドイツ・ポーランド・オランダを結ぶ鉄道ルートでは、再生可能エネルギーを利用した「ゼロエミッション輸送」も拡大中です。フォワーダー選定時には、鉄道・内陸水路輸送の自社ネットワークを持つかどうかが重要な判断材料になります。
2.書類・報告面での「排出量可視化」対応
EUでは、輸送業者や荷主にもCO₂排出量の可視化が求められています。
海運では、船会社がIMO DCS(Data Collection System)およびEU MRV(Monitoring, Reporting, Verification)制度に基づき、毎年排出データを報告しています。陸・空でも排出係数に基づいた算定が義務化されつつあります。
日本企業に求められる対応
日本企業もEU取引先から「カーボンフットプリントを示す書類」を求められるケースが増えており、社内で算定フローを整える必要があります。
CO₂排出の計算方法や算出ツールは国際基準(ISO14064、GLEC Framework)に沿っておくと、海外企業との整合が取りやすくなります。
CO₂算定の基本フロー
- 物流データ収集(距離、モード、重量)
- GLEC排出係数を適用してCO₂換算
- Excelまたは専用ツール(Smart Freight Centre、EcoTransITなど)で自動算定
- 算定結果を報告書テンプレートに入力
- 外部監査またはフォワーダー認証確認
報告書式は「GHG排出報告書」「CO₂ Emission Report」としてインボイスやパッキングリストに添付します。CO₂排出量、輸送区間、計算方法(基準)を明記すると信頼性が高まります。
3.環境対応フォワーダーとの協働
フォワーダー選定では、AEO資格やISO14001認証に加え、ESG開示対応力が評価基準になっています。具体的には以下の項目がチェックされます。
- 温室効果ガス(GHG)管理体制の有無
- 環境報告制度(EU Taxonomy、CSRD)への適合
- カーボンニュートラル戦略(削減計画・報告)
フォワーダー評価時の質問例
- 自社のGHG算定に使用している基準は?
- Scope3対応の実績はあるか?
- 環境報告書(サステナビリティレポート)を公開しているか?
EU企業との入札や契約では、これらESG項目が評価点化される傾向にあります。
CO₂算定・契約・文書添付の具体マニュアル
ISO14064・GLECフレームワークに基づく算定は理論的整合性が高く、各国で共通利用されています。以下のフローで実務化が可能です。
手順 | 内容 | 使用ツール |
---|---|---|
1 | データ収集 | フォワーダー報告書、運行距離、燃費情報 |
2 | 排出換算 | GLEC係数適用、単位変換(g→kg→t) |
3 | 検証 | 内部監査・第三者検証(ISO14064-3) |
4 | 報告 | EU取引先へCO₂報告書送付 |
算出ツール例としては、EcoTransIT World、GLEC Excel Template、Smart Freight Centre Data Portalなどがあります。これらを社内で統一利用すると、再現性と監査対応が容易になります。
環境配慮ラベル作成・添付方法
輸出書類や商品ラベルに「Carbon Neutral Shipment」や「Low Carbon Logistics」等の表記を追加する企業が増えています。
輸出インボイスの備考欄に次のように記載するのが一般的です。例文は以下の通りです。
This shipment is transported under the GLEC framework with CO₂ emission of 0.42 t-CO₂e verified by Smart Freight Centre.
また、EU取引先へのPDF送付時に「CO₂算定証明書」を添付し、署名入りで提出することで報告書としての効力を持ちます。
脱炭素関連契約条件とリスク管理
近年では、契約書に「カーボン条項(Carbon Clause)」を含めるケースが増えています。例として以下のものがあります。
- 排出量超過時の追加課金(CO₂トン単価連動)
- カーボンクレジットの譲渡条件
- 環境目標未達成時の再交渉条項
こうした契約条件は欧州系荷主企業との取引で標準化が進んでおり、日本企業側も早期対応が必要です。
日本企業特有の課題とEU調整事例
多くの日本企業は環境情報の社内一元化が遅れており、EU取引先とのデータフォーマットの不一致が頻発します。
例えば、GLEC形式で求められた報告に対し、国内のCSV形式をそのまま提出して差戻しになる事例があります。
主な解決策
- EU基準に合わせたCO₂算定フォーマットを導入
- 輸送担当・経理・CSR部門を連携させた社内共有体制の構築
- フォワーダーとデータ統一テンプレートを使用
これにより、報告効率と信頼性が大幅に向上します。
Green Deal政策・国際基準に基づく裏付け
欧州委員会が発表したEuropean Green DealおよびFit for 55パッケージでは、2030年までに温室効果ガスを55%削減し、2050年にカーボンニュートラルを実現する方針が明示されています。
各業界への具体的な影響
- 海運業界:EU ETSの適用拡大により、船舶燃料のCO₂排出にも課金
- 航空業界:CORSIA制度により国際線排出量の報告が義務化
- 陸運業界:改正Eurovignette指令により、道路利用課金がCO₂排出量に連動
さらに、欧州環境庁(EEA)の統計によると、物流由来のCO₂排出量は2023年時点でEU全体の約23%を占めています。
各国の税制・補助制度もこれに連動し、ドイツでは鉄道輸送補助金、オランダでは低炭素車両への助成が導入されています。
日本国内の動き
日本企業にとっても、JAPAN-ETS(国内排出権取引制度)や、船会社のカーボンクレジット導入など、欧州と整合する動きが始まっています。
EUグリーン物流に対応する実務者チェックリスト
最後に、実務で必ず確認すべきポイントをまとめます。
1.フォワーダーのCO₂算定基準と報告体制を確認する
EU取引では「GHGプロトコル」または「GLEC基準」での開示が求められます。
2.モーダルシフト可能な区間を見直す
鉄道・内陸水路への転換でコスト・排出量の両面削減が可能です。
3.環境配慮ラベルやカーボン情報を輸出書類に明記する
顧客やバイヤーへの説明責任を果たし、取引評価向上につながります。
4.中長期的にはScope3排出量を開示できる体制を構築する
ESG報告・環境格付けに対応するための前提整備が必要です。
EU市場での輸送ビジネスは、もはや環境対応を切り離せません。
次の取引先選定や見積もり段階から、「CO₂排出データを提供できるフォワーダーか」を確認し、企業全体の脱炭素対応力を高めましょう。