乳製品の国際輸送
チーズ、バター、粉ミルクといった乳製品は、近年、輸出品としての重要性が高まっています。栄養価が高く、保存方法の進化もあり、グローバル市場での需要は拡大傾向です。
しかし、乳製品は食品衛生上のリスクが高く、腐敗や微生物汚染のリスクを伴うため、国際輸送に際しては緻密な温度管理と法規制対応が求められます。
本記事では、乳製品を海外に輸送する際に押さえておくべき実務的なポイントを、リスク、規制、物流技術、書類手続きまで幅広く解説します。
微生物リスクと過去の食中毒事例
乳製品は黄色ブドウ球菌、リステリア菌、大腸菌O157などの食中毒原因菌の繁殖に適した条件を持ちます。特に2000年に日本国内で発生した雪印乳業の集団食中毒事件は、製造後の温度管理や衛生管理の不備が原因でした。この事件を教訓に、乳製品の製造から輸送までの全過程で、微生物リスクに対する理解と予防措置が必要です。
温度管理の現場課題と具体策
乳製品の温度逸脱は、出荷直後の冷却不足、ドライバーによる管理不足、積み替え・荷下ろし時の長時間放置などの物流の各所で発生する可能性があります。
これらに対しては…
- プレクーリングの徹底
- データロガーやクラウド対応のIoT機器によるリアルタイム監視
- 物流関係者への衛生管理教育などが必要です。
温度管理を「出荷前・輸送中・納品後」の3段階で設計し、記録可能な体制を整えることが効果的です。
製品特性に基づいた輸送モードを選ぶ
リーファーコンテナを用いた海上輸送は、コストを抑えつつ温度管理ができます。冷蔵を必要とするチーズやバターは2〜8℃を維持、冷凍が必要なアイスクリームは−18℃以下の管理が必要です。
短期間で輸送したい場合は、航空輸送が有効ですが、費用は高くなります。また、常温で保存可能なUHT製品でも、湿度や直射日光の影響を受けることから、輸送中の保管環境には配慮が必要です。
展示会向けやサンプル出荷など、少量で特別な輸送には航空便を利用することが多く、ラベルや書類対応を簡素化できる場合があります。ただし、各国税関によっては正式輸入と同等の管理が求められるケースもあるため注意が必要です。
各国の規制と必要書類の違い
アメリカに乳製品を輸出する際は、FDA(米国食品医薬品局)への施設登録が必要です。また、成分証明書や衛生証明書の提出が求められます。
EUへの輸出では、EFSA(欧州食品安全機関)に準拠した成分規定、原料原産地証明、輸入者との事前合意書などが必要です。
中国ではGB基準に沿った成分配合と中国語によるラベル表示が義務付けられます。これらの違いを正確に把握し、輸出先国ごとに書類を整えることが通関遅延を防ぐ鍵です。FTAやEPAを利用する場合には、原産地証明のルール確認が必要です。原産地規則には、原材料のトレーサビリティ確保や加工基準(累積ルール)などが含まれ、これらを満たす必要があります。
HSコードと関税制度の理解
乳製品に適用されるHSコードの例として、チーズは0406、粉ミルクは0402が代表的です。これらの製品に対して、日EU・TPP・RCEPといった自由貿易協定では、関税割当制度や暫定税率の適用があります。
例えば、原産地証明書を適切に発行することで、一定量までの無税輸出が可能になるケースもあります。FTAを活用したコスト削減には、通関業者やFTAコンサルタントとの連携が有効です。

日本では、一定の乳製品に対して輸入枠と割当が設定されており、これが2025年から改訂予定です。輸出入業者は変更内容に注意が必要です。
動物検疫と電子化の進展
オーストラリアやニュージーランドでは、乳製品に対する動物検疫証明書(VHC)発行が義務付けられており、これが電子化(eCert)されています。日本でもMAFFによる一部証明の電子発行が開始されており、将来的には全体のデジタル化が期待されています。電子証明の導入により、書類の偽造リスクが減り、通関処理が迅速になるなどのメリットがあります。
ただし、加工度の高い製品、レトルトや缶詰製品などは動物検疫の対象外となることがあります。これにより手続きが簡略化され、輸出しやすい品目として注目されています。
国際輸送保険とインコタームズの重要性
乳製品は温度管理ミスや破損による損害リスクが高いため、貨物保険の加入は必須です。さらに、インコタームズ(貿易条件の国際ルール)を明確に定義することで、輸送中の責任範囲(費用負担・リスク負担)を契約段階で整理できます。
例えば、CIF条件では売主が保険と輸送手配を負担し、FOB条件では買主側の責任です。
食品安全認証の取得とメリット
HACCP(危害分析重要管理点)やISO22000などの食品安全認証は、信頼性確保に大きくつながります。これらの認証があれば、輸出先での検査が簡素化されたり、大手取引先との商談がスムーズに進むなどの効果があります。アジア各国ではISO22000認証の取得が品質の証明とみなされる場面も多く、取得がマーケティング要素にもつながります。
通関・検査遅延リスクへの対策
乳製品は検査頻度が高く、書類不備や成分規定の逸脱があると通関が止まる可能性が高まります。そのため、SDS(安全データシート)、成分分析証明書、動物検疫証明書、輸出者申告書などを事前に準備し、通関業者や輸入者と情報を共有しましょう。

特に初回輸出の場合は、現地通関業者との綿密な事前調整が必要です。
品質異常時の対応とリスクマネジメント
輸送中や納品後に品質問題が発覚した場合、リコール対応が求められます。輸出者は、迅速な通報ルート、返品対応、損害補償の基準などを事前に整備しておく必要があります。こうした体制は信頼性に直結し、長期的な取引の継続にもつながります。
また、EUではRAPEX(迅速警報システム)に基づく通報義務があり、対象製品の流通停止や消費者対応の国際的基準があります。
トレーサビリティの実務対応
製品ロットごとの記録管理、輸送履歴、製造日時の記録などは、食品輸出の信頼性を支える基盤です。ITシステムやERPと連動したトレーサビリティ管理を導入することで、輸入先国からの監査にも対応できます。加えて、食品防御(フードディフェンス)やIoT活用によるサイバーセキュリティリスクにも備えた運用体制も求められます。
輸出先市場の動向とチャンス
日本の乳製品は高品質・高衛生基準で評価されており、中国、ベトナム、タイなどアジア市場での販路拡大が進んでいます。特に中間層の拡大により、価格よりも品質重視の購買傾向が強まっています。また、豪州・NZからの競合製品との差別化戦略として、日本ブランドの信頼性と食品安全認証の取得が効果的です。
温室効果ガス排出量を抑えた輸送設計や、再利用可能な梱包資材の活用など、サステナビリティへの配慮も国際的に評価される要素となっています。
実際に輸出を進めるためのステップ
以下は、乳製品を海外に輸出する際に必要となる主な実務ステップです。初めての方やプロジェクトの立ち上げ担当者は、各ステップをチェックリストとして活用ください。
- 輸出対象製品の確認:動物検疫の対象か、常温・冷蔵・冷凍のいずれに該当するかを判断する
- 輸出先国の規制調査:成分規格、ラベル要件、登録制度、検査基準などを輸出先ごとに把握する
- 輸送モードと保冷体制の設計:製品特性と納期、コストを踏まえてリーファー、航空便、混載などを選定する
- 必要書類の準備:SDS、成分証明書、原産地証明、検疫証明、輸出申告書などを整える
- 保険と契約条件の整理:貨物保険に加入し、インコタームズ(FOB、CIFなど)を明確に契約書に記載する
- 食品安全認証の確認:HACCPやISO22000が必要な相手先かを確認し、未取得であれば計画を立てる
- サプライチェーン全体の温度管理設計:データロガー導入、プレクーリング、荷下ろしまでの管理体制を構築する
- 通関・検査対策:初回出荷時は現地通関業者と調整し、書類不備による滞留を回避する
- トレーサビリティ・フードディフェンス体制の導入:ロット管理やセキュリティ面の整備
- 市場調査と販路開拓:輸出先での需要動向、競合品分析、現地パートナー選定
- リコール・クレーム対応体制の準備:通報ルート、補償方針、報告手順を文書化して社内共有する
まとめ
乳製品の国際輸送を成功させるためには、次のポイントが欠かせません。
- 微生物リスクへの理解と衛生管理体制の構築
- 温度逸脱リスクへの具体的な対策(IoT機器、教育、プレクーリング)
- 製品特性に合致した輸送手段とルート選定
- 輸出先国ごとの規制・検査への対応力
- 関税、FTAの知識を踏まえたコスト管理
- 食品安全認証の取得による信頼性向上
- トラブル対応マニュアルの整備と実施訓練
- 電子証明の活用とデジタル化の促進
- トレーサビリティの強化と食品防御への対応
- サステナビリティや環境規制を考慮した輸送設計
- リコール時の国際通報体制と損害補償スキーム
- 原産地規則やFTA/EPA活用の実務知識
- 各市場に応じた販路開拓と消費者傾向の把握